うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

居酒屋にて

どうも僕です。
 実は金曜日にとあるお客さんと先輩の三人で、高級寿司を食べてきた。タイトルの居酒屋は嘘だ。この約束は二週間前から決まっていて、僕は震えて眠る日々を過ごしていたのである。
 高級寿司を食べたことはなかった。全く以て未知の世界に飛び込むわけで、何も知らない私はとりあえず家族に相談したのだが、庶民なので、
 「おまかせって頼むんやぞ!」
 「箸じゃなくて手で食べるらしいよ!」
 など、ドラマでつけた知識を交換し合うだけだった。
 また、会話も難しかった。社長は高校の同窓であることしか接点はなく、既に70を超えたお爺さんであり、我が祖父とは比べ物にならないほど活力に満ち溢れた頭の回転の早い人である。一方私は、本を読みすぎて頭の回転はとても遅い。会話にならないことを恐れ、いくつか高校ネタを準備した。
 当日。僕たちの無残な中古車では送迎できないので、社長のBMWに乗せてもらうことになった。黒色の表面は街灯をの光を反射させて、艶やかに輝いていた。やはり高級車。音が違う。外の音が入ってこない静寂の中で、エンジン音だけが響きわたっており、とにかくかっこいい。と、感動しつつ、緊張を忘れて寿司が楽しみなってきていた。
 しかし、束の間の高揚はすぐに失われた。沈黙である。アドルフ・ヒトラーは演説をするとき、最初に沈黙して聴衆を不安にさせ、自分の言葉に注意を惹きつけさせたという。その時の僕らは聴衆と同じ気持ちだった。元々面識のある先輩と社長が話すかと思いきや、だんまりで気まずい空気が流れていた。
 私は事前に準備していた話のネタを、解放した。本来はちょっとした会話の切れ目に対する助け舟として用意したものだったが、僕と社長の二人だけのメインの話題になったのである。だが、それも長くは持つはずがない。すぐに沈黙がやってきた。打ち消すべく、自分でも意味の分からない話題を振りまくってその場を誤魔化したのだが、既に死にたいと100回くらい心の中で叫んだと思う。
 寿司屋の小さな暖簾をくぐると、檜のカウンターがあった。目の前のケースには、高そうなネタが飾ってある。社長が真ん中に、僕はその左に座った。僕は勝手に大将のことを頑固な職人だと思っていたが、陽気な普通のおじさんだった。奥さんもまた、どこにでもいるような優しそうなおばちゃんで内心ほっとした。そして大将夫婦は社長と長い付き合いの友人らしく、会話が弾みはじめた。話題が尽きていた僕は、救われたという感覚に涙が出そうだった。
 相変わらず先輩は地蔵だった。相槌すら打たないのだ。頭おかしいんじゃないだろうか?誤魔化すために、僕は死ぬ気で相槌を打った。今までの人生で一番渾身の力を込めて「はい」「ほぉ」「そうなんですぁ~」を言ったと思う。
 そんな葛藤を続けているうちに、ビールとお通しがでてきた。高級と言う割には普通のきんぴらごぼうであった。間髪入れずに今度は刺身がでてきた。一番手前に霜降りの赤みが乗っている。大トロだ。他にもサーモンにイカに鯛と色取り取りのお造りが、バランスよく盛り付けられていた。私はそこで気づいた。最初のきんぴらごぼうはお通しではなく、コースの一部であり、高級寿司はおまかせという言葉すら発しなくても、料理が出てくるのだと。
 その間も先輩は地蔵で、僕は相槌を打つだけの壊れたラジオ。大将夫婦の力がなければ、全てが終わっていただろう。心の中で何度も何度も感謝した。
 徐々に酔ってきた頃、社長が日本酒を飲みだした。僕も追随して日本酒にした。これがまたもや裏目に出る。向こうのスピードが馬鹿みたいに早かったのだ。注ぎまくって、僕が1杯のうちに社長は4杯くらい飲んでいたと思うが、それでも徐々に追い詰められ、クラクラしはじめていたのである。最後に寿司が出てきたが、もう味がわかるほどではなかった。覚えているのは、社長が手じゃなくて普通に箸で食べていたことくらい。
 こうして地蔵と壊れたラジオは、夫婦の力でその場を乗り切ったのである。社長は元気に帰って行った。
 その帰り道僕は道端にゲロを吐いてすっきりして寝ました。おしまい^^