うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

42日目、熱血先生の思い出その2

 熱血先生のエピソードはまだ二つある。
 「明日があるさ」を帰り際に流す先生が本当にこれはすごいな、と今でも思うのは、いじめへの対処である。
 当時、1年生の時からいじめられている女の子がいた。いじめられていた原因はただ一つ。デブでブサイクだった。大人ならデブでブサイクでも、「まぁデブでブサイクだね」と一瞬思うかもしれないが、それがいじめに発展することはない。
 ところが子ども、特に小学生のいじめは残酷である。ただ見た目が、というだけで散々な目に遭うのである。僕自身がいじめていたかというと、そうでもなく、見て見ぬふりをするタイプであった。
 どちらかというと、1年生から同じだったのでそういう世界というか、常識というか、そんな感覚なので特に気にしていなかった。学校に行きたくないという自分の苦痛だけしか頭の中にはなかったので、周りを見ていなかった。
 そして、1年生の時の先生はおばあちゃんだったので、特に介入することもなく静かにいじめられ続けてきたと思う。
 2年生になると、既に彼女はいじめられすぎて性格や挙動もおかしくて、会話も出来ない。だから余計に人間関係が作れない、いじめられるという無限ループである。
 
 彼女へのいじめが目に見えてなくなったな、と思ったのは熱血先生の時だけだった。先生のやり方は上手だった。先生自体がカリスマのように生徒に人気があったので、彼女とも仲良く話したのである。
 そしてクラスのイベントでは必ず中心に彼女を据えた。
 授業参観で「明日があるさ」の合唱を背景に、数人が踊ったことがある。
 またしても「明日があるさ」である。散々聞かされ、当時の僕は結構いい歌だなぁと思うこともあったが、逆に学校に行きたくない気持ちの象徴でもあって、複雑な気持ちである。ちなみに今でもカラオケで歌える。
 さて、話を戻すとその時の中心人物に彼女がいた。残りは誰か覚えていないが、彼女が踊っていたのだけは覚えている。自分で立候補してないと思うので、先生が抜擢した。踊るとなれば一緒に踊る仲間になるし、クラスの中心に立っているというだけで小学生は手を出さなかった。
 
 別の授業参観でも彼女は中心であった。国語の授業の一環で、「ふたりはともだち」という本を暗読するものだ。
 詳しくはネットにも出ているので見てほしいが、カエルのがまくんとかえるくんが二人で掛け合いをする短い文章である。主役は二人。彼女と僕だった・・・。
 そう、僕だったのだ。自分から立候補して、暗記するように宿題として告げられた。当時の僕は本当に学校が嫌いだった。熱血先生のことは好きだったので、嫌と楽しいが入り乱れた錯乱状態である。
 学校の一番嫌いなところは、毎日教科書を持っていく、宿題を忘れずにやっていく、体操着を持っていく、というやつだ。僕は本当に小心者で(今でもそうなのだが)、宿題をやるのが死ぬほど嫌なのと同時に、正確に忘れ物せずに持っていくという行為に異様なストレスを感じていた。
 ふと、黒板の今日の予定を見る。あ、体操着忘れた。授業受けられない、どうしよう。先生に謝らないと・・・。というような想像がどんどん膨らんで、朝行くとき本当にその予定があっているのか心配で仕方がない。心配を重ねてくると、いっそ行かなければ心配もない、となるわけである。
 かなりのストレスだったが、親の教育もあって不登校にならなかった。じゃあどう克服したのか、出来るだけ楽しよう!と思ったのである。
 例えば体操着、毎日着れば忘れることはないので、毎日着て行った。教科書は置き勉。宿題だけは持ち帰ったが、たまに忘れても学校に置いてあるので安心。朝急いで答えを写した。
 あまりに露骨に答えを写すのもあとから先生に怒られるのが怖かったので、わざと途中式を書いて間違えて回答を作った。音読には親のサインがいるのだが、親のサイン一回書いてもらって後はずっと真似した。ストレスを避けるためにずる賢さを得たのである。
 
 さて、こんな僕が授業参観のために家に教科書を持ち帰って、文章を暗記する、なんてするわけがないのだ。1ヶ月前から言われていて、授業参観まであと一週間というところで、リハーサルが始まってしまった。もうどうしよう、と頭を抱えた僕。今になって急いで教科書を読んで覚え始める。もうリハーサルなど数分もすれば始まってしまうのに、今更覚えて始めたのだ。とにかくやばい、やばい・・・。無常にも時間が過ぎ、教室の隅っこで先生と彼女と僕の3人でリハーサルが始まった。
 「どうしたんだい、がまがえるくんきみ悲しそうだね」
 最初の文章は完ぺきだった。
 『「うん、そうなんだ」がまくんが言いました』
 彼女も完ぺきである。
 次は僕
 「今、今・・・」
 もう言葉が出てこない。当然数分で覚えられるはずもないからだ。
 「どうした?うひょー?」
 と最初は自然に尋ねる先生。僕は無言を続ける。
 「なんや、覚えてないんか?」
 「はい・・・」
 「ずっと前からいっとったやろ、お前が手を挙げたんやぞ」
 と先生もさすがに怒り始める。
 「はい・・・」
 泣きながら何言ってるかわからない声で答える。
 「やりたいんか?やりたいなら今からやれ」
 と言われ、
 「はい、やりたいです・・・」
 と答える。正直内心もう逃げ出したかった。特にやりたいと思わないのだが、当時の学校の先生の「やりたいんか?」という質問は「やりたい」と答えるしかなかった。あの不思議な強制力は不思議なものである。
 もう涙で顔はぐしゃぐしゃの僕は泣きながら文章を覚え、少しずつ彼女と暗読の練習をし始める。
 「どうしたんだい、がまがえるくんきみ悲しそうだね」
 悲しいのはこっちだよ。と言わんばかりに涙で過呼吸になりながら、暗読を始めたのだけは今でも鮮明に覚えている。ちなみに授業参観の時は難なくこなした。
 
 こんな思い出も残っている熱血先生。僕は小学生の時の記憶などほとんどなくて、親に連れて行ってもらった旅行の記憶もほとんどない。それでも残っている熱血先生。今どうしているんだろうか、会ってみたいなぁと思う。成人式の日に多分先生が僕らの様子を見に来ていたのだが、当時僕は会いに行かなかった。あぁ会っておけばよかったなぁと後悔している。おやすみ。