うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか

 とあるカフェ。僕は紅茶とともに甘ったるいクリームだらけのケーキを頬張る。反対側には女性が一人。質素な風貌をしている彼女はパンケーキを食べていた。
 二人は沈黙の中でひたすら食べ続けていた。
    「結婚って何するんだろうね」
 そう僕は尋ねた。彼女はこう答える。
 「うーん、あんまり考えてないかもしれない」
 「家事とか普段やる?」
 「ずっと家だから、たまにやるぐらいかなぁ。うひょーくんは?」
 「僕は学生時代、ちょっとだけやったかな」
 自分の家が大変なゴミ屋敷であったことを濁しながら、答えた。
 そのあとまた沈黙が続く・・・。僕自身は色々なことを考えていた。将来のこと、ずっと続いていくであろう人生のことを。
 初めに出会った時、質素で純粋な形をとっていた彼女に不思議な感覚を覚えた。あらゆる人間は不満とか欲の影を落としているのだが、彼女にはなかった。
 不思議な空気につられて、気づけば二回目、三回目と会っていた。彼女はよく遅刻をした。大概5分ぐらい遅刻してくるのである。毎回申し訳なさそうにしているので、僕も何となく怒るとかはなく、受け流していた。
 何回か会っているうちに、相手がほとんど男性と話したことがないことを知った。思い当たる節はいくつかあった。少し手を触れただけでびっくりしたような反応をしたり、目を合わせるのも苦手そうだった。笑顔も作り笑いが多かった。
 彼女にとってはそれがコンプレックスだった。だから、いつも僕に気を遣っている。距離を縮めるのに時間がかかるのがいやだったら言ってね、と何度も言われた。
 僕にとってはその新鮮な反応が、胸をドキドキさせるものであった。
 日帰りの旅行には何回か行った。ほとんど僕が決めていて、彼女から異論が来ることはなかった。歩くのが好きな僕に合わせていたのか、気づけば彼女はスニーカーを履いていた。人混みがあると、都会に揉まれていた僕はずんずん進む。でも、彼女はぶつかる前に必ず自分から避ける。だから、よくはぐれてしまいそうになることがあった。
 それでも彼女は僕に一生懸命合わせてくれた。途中からはどこに行きたいとか、そういう提案もしてくれるようになった。最初に会った時よりもオシャレをしてくるようにもなった。
 ただ、僕が結婚に関わる話を振ると、ちょっと考えさせてほしい、と言われることが多かった。決まって彼女は顎に手を当てて悩んでいた。

 そんな日々が続く中、ふと我に返った。果たして彼女と結婚生活が送れるのか?彼女といると、何でもよくなって心が軽くなったのだが、結婚して何でもいいわけでもないだろう、と思った。更に考えた。この先全ての選択が僕に委ねられるのだろうか?
 今でも真面目な話をすると真剣には考えてくれるが、僕が投げかけなければそれは始まらない。何かをするたびに僕が中心になって物事が進む。中心?いや、主体と言った方が正しいだろうか、そこに二人という概念はない。
 夏目漱石の「行人」を思い出した。僕の様に余計なことをたくさん考える夫と、夫に静かに寄り添う妻との悩みを描き出した小説である。この子と結婚したらそうなるんじゃないだろうか・・・?
 ぐるぐると考えが渦巻きながら、一週間を過ごした僕は今、目の前の彼女に目を移した。僕の異様な空気に流石の彼女も気づいたようである。僕は尋ねた。
 「本当に結婚できるんかなぁ・・・。今後何かあった時に、本当に一緒になって考えてくれる?困ったときはどんなことがあっても逃げられないし、二人で考えないといけない。僕一人だけじゃ限界があると思う」
 彼女は、ちょっと考えさせてほしい、と顎に手を当てて悩み始めた。
 手持ち無沙汰であった僕はもうほとんど残っていない紅茶をすすったり、皿についたケーキの欠片を食べ始めた。沈黙が続く。
 なんともなしに外を眺めたり、彼女をちらっと見たりしたが、ずっと沈黙を続けていた。あちらも色んな所を見ながら考えているようだった。
 日は暮れつつあった。西日が店の中を赤く照らし始めたころ、彼女から、一回家に帰って考える、と告げられた。
  駐車場に行って帰る時に、彼女からお菓子をもらった。前回のデートで奢ったことのお礼である。互いにもう察していた。初めて会った時の強張った笑顔とともに、「またね」と一言。二人は帰路についた。
 その後、ラインでやっぱり一緒に考えたり、支えたりは出来ない、だから別れようといった文面が流れてきた。僕は引き止めることなく、付き合ってきた日々に感謝というような形式的なラインを返信した。
 ふと、急に彼女の悲しげな顔が浮かんだ。罪悪感だったのだろうか?それとも喪失感なのだろうか?もう一度ラインを送った。恋愛としては楽しかったけど、結婚生活は出来ないと思っただけで、男性との話した経験が少ないからダメだったということではない、という内容である。
 僕はあの純粋な彼女にトラウマを残すようなことはしたくなかった。だからコンプレックスを感じさせないようにフォローをしたつもりだった。
 ところがその文章を作った頃には前の文章から10分以上経っていた。既読はつかない。そう、ブロックされていたのである。
 こうして私の罪悪感は宙に浮いたまま夜を迎える。ニコ生で1人ぶつぶつ懺悔しながら、後悔を抱いて眠る。昔彼女にフラれた時に、「これからも仲良くしようね」と言われたのを思い出した。あの時はふっておいて何言ってんじゃボケ、とバイト先でグチグチ高校生に言っていたのだが、ようやく彼女の気持ちがわかった。
 人間とは不思議なものである。あのまま続けていても、絶対に上手く行かなかっただろうと思う一方で、最後の悲しげな顔が脳裏に沁みつき、もしかしたら上手くいく方法があったんじゃないか、僕の心が狭かったんじゃないか、とも考えてしまっている。
 かれこれ5年前の僕だったら大喜びで付き合って何も考えずに結婚していたと思うが、今や複雑に余計なことを考えて色んなハードルが出来ている。今や本当に結婚できる、と思える人に会えるのか、と疑問にも思う。偏屈に凝り固まった僕は純粋な女性を傷つけて、また次に向かっていく。
 さっきお礼にもらったお菓子。夜ご飯も食べて満腹だったが、見るたびに罪悪感を感じるのも嫌だと、吐き気を催しながら、口に頬張りながらこのブログを書いている。