うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

小話1

人生への不安が止まらないので、何か小話でも書いて現実逃避しようと思う。
 先週の金曜日、実家に青春18切符で岐阜に帰った時の話。四日間、池袋のネカフェで泊まっていたので、むしろ旅行気分のような気持ちだった。一番端の席を確保して、壁に寄りかかって本を読んだり、眠ったりする。公共の場でありながら、小さな宿になっていた。
 熱海から静岡に向かう電車に乗っていたころ、僕は三島由紀夫の「美しい星」を読んでいた。火星人の大杉重一郎が胃癌にかかり、水星人の息子一雄が医者から余命を告げられる頃だった。集中力が途切れて、他の乗客が気になった。無駄に本を読んで、青ざめた顔で神経衰弱を振り撒く僕と違って、彼らは幸福に満ち溢れていた。
 四人家族が並んで座っている。子ども二人は窓の外を眺めていたが、すぐに飽きてしまって、二人で大騒ぎしはじめた。周りを気にして、母親が小さな声で叱っていた。隣には婆さんが座っていた。キャンパスを膝の上に置いて、デッサンを描いていた。最初は斜め前の筋肉質の腕、次は痩せた男の弱弱しい腕。ちなみに僕の腕は二つの中間くらい。
 目の前には男女の二人組がいた。見上げなければ顔を確認できないほど、男の背は高かった。グレーの半袖シャツと、黒の短パンを履いており、全身黒々と健康的に日焼けしていた。女の方は僕と同じくらいの身長であったが、男と並んでいるせいか、小さく見えた。こちらはデニムパンツと、白のシャツに長めのカーディガンを羽織っていた。
 「私、今年こそ彼氏を作ろうと思ってるんですよね」
 女が唐突に恋愛話を持ち出した。声はたどたどしく、早口である。これはフラグだろうと、僕は期待した。
 「ふーん、大学に誰かいないの?」
 大きな振り子が動くかの如く、太く落ち着いた声で答えた。男は気がなさそうだったので、僕は心の中で落胆した。また、彼がラノベの主人公タイプなのだろうかと疑ったりもした。
 「全然出会いがなくて、わからないんですよ。前に一度だけ、飲み会に行ったことあるんですけど、結局そういう雰囲気になったりしなかったんです」
 舌が絡まる寸前で耐えながら、早口で答える。
 「ラインも交換してないの?」
 「一応、交換して仲良くなった子もいるんですけど、ダメでした。結構頻繁にやって、仲良くなったんですけど、ダメそうです。私って変人ってよく言われますけど、相手も結構変人で、上手くいかなそうって、さりげなく壁を作られちゃいました」
 僕はその時、「美しい星」にあった「人間への関心」を思い起こしていた。変人というのは非連続性に身をゆだねるということで・・・云々。だが、思考はすぐに目の前に戻された。
 「そうか。確かにしっかりした人の方がよさそうだね」
 いや、待ちなさい。あんただよ、あんた。たぶん年上で、落ち着いた話し方。しっかりした男ってあんたのことだよ。恋故の不安のせいで確信できないのか、それとも本当に気づいていないのか、もしくは全く気がないのか。見ず知らずの女の子、僕は君を応援しているよ。
 「そうですね。やっぱり変人同士だと歯止めが利かなくなっちゃって、よくないですよね」
 「うん」
 彼女は疲れてしまったのか、しばらく沈黙した。気まずそうであった。一方、男は歯牙にもかけず、吊革を両手で持って外を眺めていた。
 「SNSってやってます?ツイッターとか、ラインとか・・・」
 沈黙に耐え切れなかったのか、また彼女は話題を切り出した。
 「うーん、あんまりやってないね。よくわかんないし」
 お前はジジイかよ!ラインすらやってないのか!?俺でもさすがにやったぞ!
 「そうですよね・・・。私もああいうのよくわからないんで、やってないです」
 無理矢理合わせました、と言わんばかりの気を遣った声で彼女は答え、また沈黙した。
 静岡駅に着くと、二人は降りた。駅までは同じで、行先は別のようだ。
 僕がギャルゲ脳であり、恋愛脳なのだろうか。恋愛相談の次は、ラインの話。少なくとも僕は、彼女が必死にアプローチしているように見えた。見事に無反応な大男の様子は、象がヒアリに攻撃されても動じない光景を彷彿とさせた。
 今後どうなっていくのか知る由もないが、心から応援しておく。