うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

お年寄りのオスカー賞

 冷房の効いた部屋で黙々と仕事をする男性。外は明るく、日の光がブラインドの隙間から差し込んでいる事務所。30人ぐらいの同僚とともに彼はPCに向かっている。
 50歳を超えた彼には役職があり、席は部屋の奥、PC越しに部下を見渡せる位置にある。その机の上には書類が無数に積まれており、隣の机にも乱雑に書類が並んでいる。
 ふと、スマホが鳴る。1コール、2コール、3コール、4コール・・・。7コールぐらい鳴っただろうか、彼は電話をとった。急に息が荒くなり、
「忙しくてごめんなさい」
 と、喫煙者特有の低い、少し濁った声がため息交じりの声があふれ出る。話し方からして、どうやら別の部署の人間からのようだ。
「はい」「えぇ」「はい・・・」
 話している間ずっと息も絶え絶え、頭をふらふらさせながら話す様子は今にも倒れてしまいそうである。
「はぁ」「へぇ」「そうです」
 口から漏れ出る息と声が混ざり合い、結核の患者のようである。
 それでも尚、続く電話。何を話しているのかは聞き取れない。相手は特に声を張り上げておらず、怒っている様子はない・・・。
 「はい」「はい・・・」
 意外と長く続いてはいる。今にも倒れて救急車に運ばれそうな雰囲気である。咳も聞こえてくる。これはパワハラなのだろうか・・・?
「いや、もう忙しすぎてめちゃくちゃで頭いっぱいなんです。わんこそばを一生口につっこまれているようなんです」
 さすがに電話相手も気を遣ったようで、様子を尋ねたようである。
 とはいえ、まだ用件は終わっていないようで、話は続く。男は息も絶え絶え、たまにゴホッゴホッと咳も挟んでいる。
 相槌が続き、20分ぐらいしたころに電話を終えた男。周りにもよく聞こえるようなため息をついて、頭をふらふらとさせる。多忙な彼は次の仕事があるので、一生懸命とりかかる・・・。と思いきや、静かに周りに聞こえる大きなため息をつき、座っている。
ひたすら座っている。そうしているうちに、急に席を外し、外へ煙草を吸いに行った。
 15分後、彼は席に戻った。相変わらず、机の上は書類で埋め尽くされたままである。「うーん、もう病みそうだ・・・」とぶつぶつ呟きながら、頭を抱える男。
 そうしている間にも刻々と時間が進む。周りでは同僚や部下が黙々と仕事こなしており、男に承認を求めて回覧していくので、更に書類が積まれていく。ずんずんと積まれていく書類たち。最初は皆、バランスを気にして置く位置を変えたりしていたが、徐々に気にしなくなってきて、今やぐちゃぐちゃである。
 更に10分経ったとき、男は席を立って休憩室へ行った。冷蔵庫にあるお茶を飲みながら、ため息をつく。
 ふと、部下が通りかかったのを見かけて捕まえてこう言う。
 「もうパンパンで無理だわ・・・。限界だ・・・」
 それに対し、「いやぁ大変ですねぇハハハ・・・。私も忙しいです」と返すのを逃さずとらえて、
 「それにしては君は淡々と仕事をこなしててすごいねぇ」
 とほめ始める。「いやぁそんなことはないです」と謙遜する部下。
 「いやいや、すごいよ、僕はもう年だからねぇ、結構大変なんだ・・・」
 そこから、役職者としての責任の重さを語り、量を語り、今にも死にそうな表情をしながら愚痴を話し続ける男。いつまでも続くと困るので、部下は上手く切り上げて仕事に戻った。
 その姿を見送った後、男はトイレに入っていく。ドアをあけて便器に座り、宙を見つめる。そうしているうちに、気になったことがあったのでスマホを開いて調べ物を始めた。調べているうちに飽きてきたので、水だけを流し、汚くもない手を洗って、席に戻った。
 気づけば16時すぎ。戻ってくると少し机が奇麗になっている。誰かが代わりに仕事をしたのだろうか?心の中でにやりとした。
 戻った上司をつかまえて相談する部下が一人。
 それに対して、神妙な顔をして腕を組み、「うーん・・・そうだなぁ・・・」沈黙が続く。大変悩んでいるような様子で、腕を組んでいる。ついにしびれを切らした部下は「またちょっと後で相談します」と一言告げて去っていった。
 さて、相談事が終わった男はようやくPCに向かって仕事を始めた。黙々と集中し始めたようである。16時半を回った頃、机の中をゴソゴソと探す男。出てきたのは、飴とお茶である。
 「いやぁ、今日も大変だった・・・」
 そう言いながら、飴を部下に配りながら笑顔で話し始める、こんなルーティンに最初は周りも心配していたが、今や誰も見向きもしない。ただ愛想笑いを浮かべるのみ。
 彼の人生は老後に向けて緩やかに進んでいた・・・。