うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

僕の平日の一日

目覚まし時計の音が頭の中を暴れまわり、夢の世界を打ち砕く。自分がセットしたものではない。母の時計がなっているのだ。ここ二週間、時間を遅らせているのだが、結局5時半には起こされてしまう。30分後、僕の目覚まし時計が、浅い眠りから現実に引きずり出されるのだが、起き上がれない。全身がこれから先の出来事を拒んでいるからだ。
 前日の寝配信で使ったスマホを探し、漫画を読んだり、2chを眺める。ワンクッションを置いて、多少気が紛れたところで、のろのろとリビングへと移動していく。大きくため息を何度もつきながら、弁当を用意する。冷蔵された具材を温めて、機械的に詰め込んでいく。残りが、僕の朝ごはんである。温度のムラのせいで冷えたキャベツ、水分が蒸発して萎れたキャベツ、脂が飛んで乾燥した肉。揚げ物も衣が固くなっており、ゴムを食べているようだ。
 「やめたい」「死にたい」「生きたくない」
 とボソボソ呟きながら、歯を磨き、顔を洗い、髪を整える。だが、中途半端に寝癖が残り、気づかぬふりをして、もう一度ため息をつきながら、外に出る。
 バス停に着くまでの道のりを歩いていく。足に力が入らず、ゾンビのように歩いていく。誰か自分を轢き殺してくれないかという希望を抱いて、何度も道の真ん中で立ち止まる。しかし、田舎の早朝。車の姿はなく、老人が散歩しているくらいだ。
 バス停に近づくたびに、胃が痛くなってくる。そして、想像する。どこか人のいない自然の中で、のんびり寝転がり、涼しい風と穏やかな太陽に体を撫でられながら、軽やかに擦れあう草花の音を聞き、俳句を作る、そんな生活を。
 現実に戻れば、早朝の薄暗がりの中、じっとりと空気が全身に付き纏ってくる。そして、体内に寄生虫のような何かがざわめくのを感じながら、バスに乗る。
 バスの中では、いつも眠っている。そして、必ず停車駅の三つ前で目が覚める。吐き気を催すような日常風景が目に入ってきて、もう一度、胃を触る。本当に患っているのか、気のせいなのかはわからないが、さすると不快感がマシになった気がする。

 降りると、すぐ全ての元凶たる支店が見えてくる。掃除のおばちゃんにぼそぼそ挨拶をする。何かと話しかけてきて、仲が良かったのだが、最近は一言も言葉を交わしていない。
 鍵をあけて荷物を整理しているうちに、精神的な不快感が肉体的な苦痛へと変化する。胃が痛くなるのだ。トイレにかけこんで下痢をするのが、日課になってしまった。
 十分くらい籠ってから出ると、上司が座っているので、無表情のまま、多少声を張って挨拶する。一通り雑用を済ませて、一日の予定を立てる。あれをしないといけない、これをしないといけない。既に不安と絶望で頭がいっぱいになる。
 「この書類がちょっと間違ってるから、もう一度もらい直してきて」
 と先輩に頼まれる。こうして、予定が狂い始める。
 「はい」
 と、無表情のまま声だけは元気よく答える。右手はいつもお腹に当てている。機械の音、キーボードを叩く音、物を動かす音、人の声、あらゆる音が思考と一緒にかき混ぜられ、集中力を失うのだが、10時のアポは頭の中にどっしりと腰を据えている。散かった机の上で、朝やるべき仕事を乱雑にこなしていると、
 「この案件で、この書類と、この書類書いてね。今日中ね」
 と言われ、書類の説明をされる。ひたすら、「はい」を繰り返して話を短く切るのだが、更に予定が狂って、貧乏ゆすりをし始める。今度は
 「○○の件どうなった?」
 と聞かれ、答えているうちに、10時が迫ってくる。だが追い打ちをかけるように、支店長から呼ばれてしまう。しぶしぶ、早足で席まで歩いていくと
 「○○をやってくれ」
 と事もなげに指示される。ぎゅっと左手を握りしめ、右手は胃をさすりながら
 「10時にアポがあるので、後でいいですか?」
 と提案するのだが、
 「時間を作れ」
 と無理難題を突きつけてくる。この時既に九時半。五分前に着くとして、あと十五分しかないのに準備が出来ていないのである。浅い呼吸をしながら、髪の毛を掻き毟る。必死に目の前の準備に集中し、必要書類を手当たり次第鞄に詰め込んで、外に出る。
 カブの加速するエンジン音が、脳みそをぐちゃぐちゃにする中、前をゆっくり走る車を睨みつけ、距離を縮めて煽ったり、今日の雑談のネタを考えたりしながら、お客さんのところにむかう。若干の遅刻。最初の訪問先で、いきなりの謝罪に胃がきりきりする。
 雑談は基本的に気楽である。だが、無言になったとき、オチがつかないとき、まるで過疎放送かのような気まずさに追い込まれる。過疎放送なら、別に独り言でもいいのだが、今回は相手が目の前にいる。必死に頭を巡らせ、矢継ぎ早に話題を振っていき、ヒットを目指す作業は地獄である。
 回っている最中、何度も支店から着信がある。
 「○○さんが来てくれと言っている」
 「○○の書類に不備がある」
 「○○さんに○○と伝えてくれ」
 バイブレーションを聞くたびに、胃の中がかき乱される。たまに帰ってから聞いてもいい事で電話されると、スマホを叩きつけたくなる。
 弁当特有の合成臭と、変わり映えのしない味に顔をしかめつつ、昼ご飯を五分で胃の中に詰め込んで、次の客のところへ急ぐ。
 なんだかんだで、帰りは五時前後になる。
 先輩の第一声は
 「もっと早く帰ってこい」
 こいつは何を言っているんだ?客に呼ばれて、訪問してきて遅くなったというのに、それが仕方ないことだとわかっているのに、頭がおかしいのだろうか? 
 手を強く握りしめ、歯を食いしばり、全身の震えを必死に抑えながら、預かってきた伝票などを見直す。机の上は雑然としているが、整理する気持ちの余裕はない。
 「○○に印鑑がほしい」
 「○○が間違っている」
 またしても、不備がたくさん出てくる。いちいち中断され、またしても頭を掻き毟り、胃をさすりながら伝票を整理していく。
 完成した伝票を先輩に見せると、大きなため息とともに、もう一度
 「もっと早くやれよ」
 と言われる。机を蹴りたい気分である。この時既に六時。ようやく朝頼まれた仕事に取り掛かる。だが、そのころには頼んだ張本人は帰っている。お先に失礼します、じゃねえよ。じゃあ、お前がやれよカスがよぉ、とまたしても貧乏ゆすりが加速する。俺の周りだけいつも震度3くらいはある。
 「もう仕事終われ」
 と先輩に言われる。もちろん、まだやるべきことは終わっておらず、常人なら机を叩き割っているところだが、帰る準備をし始める。雑談をしている先輩の笑い声を聞きながら、必要以上に力をこめて。ゴミを捨てる。
 
 帰りのバス、一日の憎しみの余韻を消化しながら、ブロマガのネタ考えたり、ゲームしたり、解放感を味わう。降りた後は、朝も通った暗い住宅街の道を歩きながら帰っていく。自分の部屋での自由を謳歌する時間を確保するために、全力で家に進んでいく。
 ようやく家に着くと、家族と一言も話さずに夕食を食べる。話しかけられても、声が出ないので、無視している。続いて風呂に入り、部屋に閉じこもり、ブロマガを書いたり、ゲームをする。
 そうして10時を過ぎると明日のことを考え始め、胃をさすりながら、布団に入る。
 目をつぶって、一度自殺する自分を想像するのが日課だ。最初は怖かったが、今は何も感じなくなったので満足している。そのための日課だからだ。一方で、俗世を離れられない自分が仕事の事を考えて、息苦しくなっている。悪夢で目が覚めるのも、日課である。

 以上、終わり。