うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

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横たわりながら、夏目漱石の「草枕」を思い出した。俺は真の非人情だ。誰が何をしようが食べる行為しか眼中にない猿でしかない。詩や俳句を作って非人情を努めて抜け出そうとする時点で人情だらけじゃないか。高尚振りやがって!太陽が何だ。山が何だ。花が何だ。食べられるのか?そういえば食べられるな・・・。食べ物に境界線を作ってる時点で俺も人情だった。
 チャイムが鳴った。どうせ新聞か宗教の勧誘だとわかっているので、無駄な栄養を使いたくない新次郎は当然無視した。
 また鳴る。黙る。
 さらに鳴る。余程執念深いと見えた。今度はドアをガンガン叩いている。だが、俺は非人情だ。この程度で曲げるようでは死んだあと夏目漱石に顔向けできない。
 またしても鳴ってしまう。顔向けできないなどという大袈裟な決意はもう折れた。永遠になり続ける気がしたからである。背中を曲げるだけで、全身の血の動きを感じる。頭が振り子のように体を引きずり回すせいか目の前がよく見えない中、壁に身を任せながら進んでドアを開けると、よく知っている顔が現れた。部屋の中に気分を高揚させる香りが入ってくる。その香りは何とも形容しがたい。ある友人は線香の匂いだと言ったが、それほど陰気くさくないし、香水と仮定してみても、あの人工的な強烈さはなく自然であるし、洗剤を疑ってみてもこんな香りがするものは見たことがないので、とりあえずそれらに汗の匂いを混ぜた香りだということにしていた。
 「遅いよ、新ちゃん」
 何気ない一言だというのに声が心を震わせる。
 「ごめん、新聞の勧誘か何かだと思ってた」
 「行くって言ってたじゃん」
 「忘れてたわ」