うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

継続性という病と未知

 鶏も夏バテになる、そんな猛暑が続く日々。少しでも外に出れば汗が体中にべったりと纏わりつく。日本の暑い夏である。日焼けをしたいと願っているが、赤くなるだけ。皮は剥けるが痛みはない。
 汗が臭いのは困るので、サウナに入っていた。実際には去年の冬から通っており、とある有名なサウナに入った4月には長時間入り始めた。
 サウナ室には階級がある。手前から奥(もしくは暖房の近く)という軸に加え、1段目から最上段までの軸、そして時間の長短で構成される三次方程式により格付がなされる。私自身は奥の最上段が多いが、時間は10~15分程度。つまり、弱者である・・・。
 実際のところ、そんな格付は大して意味をなさない。何故なら皆、サウナに自尊心を満たしに来ているわけではない。水風呂とサウナの往復を通じて、心臓の鼓動は激しいのにもかかわらず、体の力は一切抜けている、わずかに地面から浮遊しているかのような感覚、所謂「ととのう」を探しているのだ。
 ところが、お尻がかゆい。ずっと尻の穴の周りがかゆい。寝ている間には無意識にかいてしまっており、傷になり、痛みすら感じた。オシリアを塗り、眠る時には尻の間にトイレットペーパーを挟んでかかないように対策した。
 そんな努力を続け、睡眠時間も削られながら、サウナに入り続けたが、結局一番の原因は「汗」だということに気づいてしまった。同時にサウナに入ったあとにコロナウイルスにかかったので、ついに入ることも辞めてしまった・・・。
 

 そんな矢先、急に文章が書きたくなった。
 理由はわからないが、自分のことを変人か奇人だと思っていた私も気づけば結婚しそうだからかもしれない。いや、より正確に言えば、常識人の生活を営み始めている、この人生の分岐点を記録に残したいと考えたのかもしれない。
 年を重ねるのは恐ろしいことだという。人は二十歳から緩やかに死んでいくという人もいる。大変不思議なことであるが、私自身は特に感情の衰えを感じている。笑わなくなったし、泣くこともなくなったし、驚いたり、焦ったり、そういう感覚がなくなった。何よりも、そうした自分に対して全く「無」であることに、思考が違和感を感じている。あの散々軽蔑していた「コンビニ人間」になってしまっているのだ。
 だから私は、今の自分に対する恐ろしさを取り戻すべく、三島由紀夫の「命、売ります」を読み始めた。この話は、全く死ぬことに恐怖心がなくなった若者が、命を売ることを始めるが、ある闇の組織に命を狙われ、最後には死の恐怖を感じる話である。
 三島由紀夫の小説にしては軽い文章だが、どの小説よりも死について的確に書かれている。死とは分かっていれば怖くはない、だが未知である故に怖い、ということを。だが、小説は私を救わなかった。
 頭の中は何をしても想定内であった。全く文字が私の胸を突き刺さない。だから文章を書き始めたのである。毎年最低でも1回は更新していたブログは2年も更新されていない、経過した時間の空虚さを感じながら・・・。
 2年前の記事は「人生の反省」。姉さんにフラれたあとのヤケクソさや、後悔に満ち溢れながら、勢いに任せて書いた文章である。その前には姉さんとの色んな片思いが綴られている。その前は仕事の話が多く、残りは読書感想文、まだ私が学生時代に書いたものもある。
 

 ふと、過去の文章を読んで私の心が動いた。
 黒歴史は私の心を一瞬だけ、救ったのである。羞恥心であろうか?いや、そうではない、あの不思議な感覚、社会人という継続性を維持するために失ってきた感覚が静かに、一瞬灯ったのだ・・・。
 少し前なら、私は感情の激しさに任せて、文章の「転」にあたるこの部分を中心に激情的な文章を書いたに違いない。しかし、今やその感覚は失われてしまっている。
 何故こんなことになってしまったのか?それは社会人という継続性を獲得した結果だと思っている。
 行動というものに対する圧倒的な恐怖心、未知性、それに抗うための強靭な精神力、過去の私はそれらを日常的に摂取すべく行動し、多くの失敗を重ね、感情を思うがままに開放し、自らの体の内で収まりきらないものを文章に出してきたのである。
 故に文章は短くなりがちで、収まりきらないものが浪費されれば、急に書くことへの関心を失い、小奇麗な結論を用意し、満足して眠っていたのである。
 他方でこうした行動は社会人には全く必要がない。燃えるような熱意で仕事を行い、ある時は大失敗し、ある時は大成功するような人間は社会の歯車となりえない。会社ごとに存在する不文律を体に染み込ませ、それ以外のものは排除し、上から下へ浸透させていく・・・。そこに楽しさを感じることはリスクでしかないのである。
 また、あらゆるものに対する怒りや不満に悲しみ、それもまた不必要である。だから、日毎に感情を擦り減らし、似たような作業の再現性を高め続けてきた。

 このようにして、私は三島由紀夫岡本太郎と一緒になって批判してきた、何の精神もなく社会人として働き、結婚する世間一般の型にはまった人間となったわけである。
 そんな私を救う希望はないのだろうか?文章を書きながら考え続けた。とにかく考え続け、淡々とここまでやってきた。
  淡々とここまでやってきた・・・?このブログの文章量、今までにないぐらい長い。激情に任せて書いていた時と違って、長続きしている。私が小説家になりたいと思いながらついに今まで小説のようなものを作れなかったのは、長時間の行動に耐えられなかったからである。
 裏を返せば今はその力が備わっている。行動に対し、エネルギーを激しく消費しなくなった代わりに長く続けることができるようになっているのだ。冷静に考えてみれば、お尻がかゆくなって辞めたあのサウナも、去年の冬だから1年近く続いていた。体を鍛えようと思って始めた縄跳びは山登りに変わり、今は筋トレに変わっているが、それでも「体を動かす」という形で半年以上続いている。
 今までの私は若さゆえにすぐに結果を求める奔馬であった。あらゆる未知を急速に潰してきた時期は終わり、次の段階、時間をかけて大きな変化をもたらす段階に来たのかもしれない。思えばこれは私にとって大きな未知であり、最後に残された行動の余地である。
 故に私はこれから筋トレを10年間継続し、ブログも定期的に続けていこうと思う。とりあえず、ブログは週1ぐらいでどうですかね。あと長く続けたら面白いこと教えてください。終わり。