仕事終わりのスーツを着たサラリーマンが増えつつある新橋駅の線路の下、居酒屋が立ち並ぶ一角に自販機が並ぶ場所に二人のキモヲタが立ち座りしていた。あと15分。時間つぶしが目的とはいえ、汗でベタベタ、半袖のシャツに長ズボンといった様子であったから、通行人の誰もが高級料亭に向かう直前だとは思わなかっただろう。
事の始まりは6月のある日、テレビ番組「林修のニッポンドリル」で文豪ゆかりの店が紹介されていたのを見たときである。三島由紀夫ゆかりの店なんてあるのか?とスマホで調べると、三島由紀夫最後の晩餐なるものが出てきてしまった。
1970年11月25日、三島由紀夫は自らがリーダーを務める楯の会と一緒に東部方面総監部の市谷駐屯地で、総監を人質にとって演説し、最後に割腹自殺をした。この通称三島事件の前日、彼らが食べた夕食が、新橋の「末げん」、鳥鍋「わ」のコースだというのだ。
早速私は一緒に行ってくれる友人を探した。しかし、誰もいない。当然であった。このコースは15000円+サービス料・個室料30%の超高級料理なのである。一般的な感覚からすれば、とんでもない料理であるから、「お前は馬鹿か?」などと全員から辛辣な答えが返ってきた。
最後に頼れるのはネットだけだった。うひょみチャンネルオフ会などと、リスナーの減った今になって、ふざけたことを言いふらし、一緒に行ってくれる人を募集した。それぐらい僕は行きたかった。三島由紀夫の世界を少しでも知りたかったのである。
すると、さすがネットである。一緒に行こうという奇特なキモヲタが見つかった。ネット初のライン交換を行って、日程を決め、休みを決めた。
当日は11時に集合する約束をしていた。アキバを巡り、時間つぶしに散歩をし、家系ラーメンを食べ、連れの自宅である永田町の高層マンションに行き、さらにそこから歩いて、新橋に着く。二時間余っていたのでカラオケに行き、それでも時間が余っているからとビル街を散歩し、たまたま辿り着いた自販機前で屯している。
結局、19時からの予約であったので10分前の18時50分に到着した。入口の写真は撮っていない^^;取り忘れた^^;看板の「末げん」が、隣のカラ館の看板などと混じってすごく見つけにくいのだが、目の前にくるとやっぱり違った。薄汚い居酒屋のビル街の中に、別世界からやってきたような、綺麗な品のある木製の引戸があった、とだけ言っておく。本当にいい意味で浮いているのだ。新橋なんて野蛮な場所じゃなくても、銀座でいいじゃないかと思ってしまう佇まいであった。
まず、ドアを開けるのが相当苦しかった。何度も言うが、汗でギトギトの半袖シャツに長ズボンのキモヲタ二人である。品の欠片すらない異物が紛れ込んだわけだ。場違いだという事実が私の背中に重くのしかかった。と、いうのは大袈裟で、案外すんなりと入っていった。
すると、すぐ女将さんがやってきたので「19時から予約している〇〇と申しますが」
と言うと、さすがに本人を相手にすると恐怖が募ってきた。さっきは嘘だったが、今回は本当である。しかし、もう逃げられない。一瞬の恐ろしい間があった後、「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」と、六畳一間に促された。
掘りごたつ式の机に案内され、僕は入口から奥に、軍曹は手前に座った。女将がおしぼりを渡し、「本日はわのコースで伺っておりますが」と確認したので、「はい、お願いします」と背筋を伸ばして答えた。二人とも別々に瓶ビールを注文すると、女将が部屋が静かに出て行った。
二人きりになると、緊張の糸が緩み、「ついに来てしまったな」とかなんとか他愛もない雑談をした。お絞りを触るとめちゃくちゃ冷たい。このくそ暑い日のためにわざわざ冷やしてあったようだ。高級料亭はこんな小さなことまで気配りするのかと感心したが、経験が薄すぎるだけで実は当然なのかもしれない。
まぁなんだかんでもう書くのめんどくさいので写真だけ張る
先付、卵、枝豆、サツマイモ、ささみと明太子の和え物、さざえ(軍曹談、僕は違いがわからない^^)、右はささみの洗い
このささみが相当うまい。今まで食ったものは本当にゴミだった。ささみといえば、筋トレマニアが「味なんて関係ねえんだよ!」と頬張る印象だったが、ここに来てささみは美味しいという事実を知った。もう俺に低俗なささみは出さないでくれなwわかっちまうからよぉ・・・違いってやつが^^
これも奥がささみ、左が鯛?、右がイカ
当然このささみもうまい。そして、俺は初めて白くないイカを食べた。白いイカは大嫌いだが、これはうまい。頭の部分を切ってあるようだった。うまい。
鳥鍋第一回。味は醤油と山椒。
インスタ映えを狙って綺麗に盛り付けて写真を撮ったわけではない。鍋で煮てる写真を撮ってないのかよwと思った貧乏人は死んでくれ。
女将が目の前で煮て、あくとりをして、盛り付けてくれたのである。みんなで好きな材料を突っ込んで、つつくなんてのは低俗なお遊びなんですよね。
あと、下に垣間見えるつくねは、つくねの元をもってきて、女将が目の前で箸で綺麗に丸めて作っている。
ちなみに今回の鳥は奥久慈の軍鶏だそうだ。
「今回の鍋はオククジの軍鶏です」と女将が言ったので、オククジの意味がわからず、「オククジの軍鶏ですか?」と聞き返すと、「軍鶏です!」と強く言われてしまったので、それ以上聞けなかった。この時軍曹は、僕が「オククジのsyamuですか?」と言ったように聞こえたらしい。あとでスマホで調べたが、奥久慈というのは、茨木県にある軍鶏の名産地らしい。名古屋コーチン的な、地方最強ブランドの一つだそうだ。そりゃうめえや^^
鍋二回目。今回はポン酢。
手前の腿肉は当然うまい。これを女将が作っている時、軍曹に「これからどうするの?」と聞かれ、「特にやることない、ここに来るために東京に来た」と答えたところ、女将が聞いていたらしく相当嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。そこから、少しだけ打ち解け、
「どこからいらしたんですか?」
「岐阜からです」
「あぁいい場所ですねぇ岐阜は、高山とか」
「いやぁ高山なんてのは僕ら南の方の人間からすると別もんですよ」
などと岐阜の話をしたり、
「ご職業はなにされてるんですか?」
「銀行員です」
「あら、そうなんですか、見えませんわ、お堅い仕事されてるんですね、オホホ」
と言われたりした。
まだ作っていたので、このタイミングしか聞けないと思い、
「ここに三島由紀夫が来ていたんですか?」と本題に入った。
「よく三島先生がいらしたと聞いております、お好きなんですか?」
と、ここから三島由紀夫のトークが弾んだ。なんと三島由紀夫の写真をわざわざ持ってきて食べにくる三島狂いまで来るらしく、僕のような人は今でも多いらしい。
女将さんの三島由紀夫への評価は割と低く、「家族が大変じゃないですか」などと仰っていた。本も読んだことはないらしい。ホモネタも入り、美輪さんの話も出たが、女将さんがあえて美輪「先生」と言っていたところには、気遣いの片鱗が垣間見えた。
ささやかではあったが、こういう話ができたのは相当満足である。
たぶんこの辺りであったが、鳥のレバーと砂肝も入っていた。レバーは豚、砂肝は牛しか食べたことのなかった貧乏人の僕は、非常に感銘を受けた。レバーなのに美味い。やわらかく、あのレバー特有のもっさり感がなく、ふっくらしている。砂肝もじゃりじゃりとしか食感がなく、あの独特の食感だけが残り、噛むたびに染みわたるようであった。
奥からレバー、腿の焼き鳥、ししとう。
ただ美味しい。もう鳥貴族なんていけない。何が貴族じゃw末げんと比べたらお前らなんかホームレスじゃボケw貴族ってのは末げんみたいな店のことを言うんじゃボケwみたいなことを言ったら、軍曹は苦笑いしていた。
酔っていて半分聞いていなかったが酢漬け。お腹がいっぱいになってきたころだったので、相当染みわたった。すっきりしていて締めが近づいているんだなぁと悲しくなってきたころ。
鍋三回目。最後は醤油と山椒の味付けと、ポン酢の味付けを選ばせてくれた。ポン酢があっさりしていて好きだったのでこっちを選択。とにかく美味しかった。軍曹もポン酢を選択。そりゃそうっすよね。素材が美味いから、特に味濃くする必要はないかなって感じですね。
雑炊。
これも目の前で作ってくれた。塩を少し振り、一度味を確かめ、薄かったのか、もう一度振りかけた。二回目で調節しているのだと思う。
かき混ぜるとドロドロになるというセオリーを当然のように理解していて、静かに煮詰めていた。生の状態での卵は黄色というよりオレンジに近く、相当いい卵だと思われる。漬物も当然美味しかった。
薄味ながら、十分足りる味を僕は初めて食べた気がする。東海人の舌からすると確かに第一印象は薄かったのだが、しかし漬物がないと食べられないほどではなく、最終的には程よかった。
僕は白いメロンしか食べたことがなかったので思わず感動して、「メロン!?」と言ってしまった。女将に「メロンはお嫌いですか?」と聞かれ、「いえいえ、全然大好きですよ」と返すと、「この時期はいいですよね~、ちょうど旬でみずみずしくって」と仰ったので、「そ、そうですねぇ、さっぱりしていいですよねぇ」などと答えたが、まず夕張メロンを食べたことがない上、今が旬だということも全く知らなかった。これが必殺しったかぶりである。
さらに言うと、全て食べやすいサイズに予め切ってあった。僕は今までメロンはかぶりついたことしかない。まさか最後にメロンで驚かされるとは思わなかった。
味は言うことがない。ただただ甘く、メロンがこんなにも美味しいものだと初めて知った。
ということで、コースが終わった。感動した^^全てが終わると、トイレにもいったが、まぁ当然綺麗だった。
お会計の時には、ATMで間違えて出した千円札で支払い。すさまじいガイジっぷりで僕も心底恥ずかしかったが、まぁ払えたからよかった。
大女将に「ありがとうございました」と言われ、「今度は芥川賞とったら来ます」などと酔った勢いで大口を叩くと、「まぁ」と孫でも見るかのような微笑ましさ溢れる笑いが返ってきた。
これでもまだ疑っている貧乏人が多いと思うので、いただいた領収書を貼っておく。
サービス料個室料で30%払っているが、そりゃここまでサービスしてくれたら当然だと言えるような素晴らしい接客であった。
あとたぶん食べるスピードを読んで、ちょうどいいぐらいで料理が出てくるのがすごかった。軍曹に監視カメラがついていると言わせるほどちょうどよかった。
帰り際、靴を履こうとして座ると、大女将が「この板は三島先生が今お客様がやっているように座っていたものですよ、改装してもまだ残っているんです」と言われ、ついつい僕も三島由紀夫になって気分であった。
最後は出口まで女将が送ってくださり、「今日はありがとうございました」と満面の笑みで送り出してくれたので、「ごちそうさまでした」と言って、去った。
その余韻に浸る間もなく、キャッチのおっさんが「おっぱいどうっすか!?ちくびラジオ体操やりませんか?」などと低俗な落差をつけやがったが、まぁとにかく楽しい一日であった。一緒に行ってくれた軍曹ありがとな^^
終わり。