うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

恐怖の歓送迎会

恐怖の瞬間は突然やってくる。今回の場合もそうだった。仕事のストレスは大きく二つに別れる。一つは仕事自体についてのストレス。仕事量が多いとか、元々向いていないといった系統のものだ。もう一つは人間関係。
 とはいえ、まだ転勤一カ月の僕はどちらのストレスも抱えていない。まだまだやる気満々で仕事量が気にならないし、人間関係はそもそも完成しきっていないので、良くも悪くも何もないのが現状である。
 歓送迎会では支店長と歓迎、送迎される人間以外はくじで席が決まる。その結果、僕と女性の先輩が奥の上座に座り、僕の隣に後輩、先輩の隣に上司が座った。
 全員が座るとすぐに僕はメニューを見せて「何飲まれます?」と尋ねた。上司はビール、先輩と後輩はノンアルコールだった。先輩はともかく、新人がビールはともかく、アルコールすら飲まないとは・・・。
 一通り注文が終わって、飲み物が来るのを待った。ところが他の三人が全く会話を始めない。僕の相槌だけで過ごす作戦はもろくも崩れ去った。
 なんとなく先輩が疲れたような顔をしていたので、
 「○○さん疲れてますねぇ~」
 と振ると、
 「早く帰りたい」
 と、上司がいるのに初手から空気をぶち壊した。
 「さっきまでお客さんいましたし、疲れましたよね!」
 と、無理矢理フォローを入れつつ、会話がマイナスになる機会を伺った。ちなみに後輩は無言である。上司も疲れた顔をしていた。全くしゃべらない。酒を飲んでいないのに既にふらふらしているようにも見えた。それでもこの機に少しでも距離を縮めたい、僕はそう思っていた。休日何してるんですか?くらいの当たり障りのない質問は用意してきていた。
 しかし陰キャの僕は、話し出すのにも勇気がいる。話題はたくさん思いついていても、一歩踏み出せないのだ。周りの様子をぐるぐる見回すと、どこもそれなりに盛り上がっている。黙っているのはここだけだ。そうして沈黙が続いていると、
 「早く飲み物来て、帰りたい」
 と先輩が言い出した。当然の如く後輩はだんまりなので、僕が作り笑いを浮かべながら「そうですね、注文してからやけに時間かかってますよね」と答えた。今回は気を遣って合わせたわけではない。本当に飲み物が来るのが遅かったのだ。いつまで経っても来ないので、周りの空気が悪くなってきていた。特に支店長は待てない性格なので、「まだ、来んのか」などと幹事に催促しはじめていた。
 とうとうしびれを切らした支店長が、はじめの挨拶を始めた。僕は姿勢を正して、いかにも聞いている演技をしながら、言葉を右から左に流していく。飲み会から三日経った今では、最初と最後の言葉すら覚えていない。
 話の途中で、またもや空気が悪化した。空気の読めない店員が飲み物をもってきたのである。まだ支店長が話しているというのに。ゆとりを超えたガイジ店員は何事もなかったかのように飲み物を配っていく、支店長の席、隣の席、そして僕の座っている席。
 どんどん飲み物が置かれていく、全く気の利かない後輩は自分のを取ってから動かない。僕は奥に座っているので動けない。そんなわけで上司が飲み物を奥に配っていた。
 上司に渡されたので、頭を下げ、「ありがとうございます」と若干申し訳なさそうな声を出して受け取った。
 そして先輩にも渡した。渡したのだ・・・。
 おもむろに先輩はお絞りを取り出した。そしてコップの表面を吹き始めた・・・。まるで上司の手を触れたコップは汚すぎて使えないとでもいうかのように・・・。上司はすぐにその様子に気づいた。僕とは一瞬だけ目があった。耐えきれずにすぐにこちらが目をそらした。思い切り顔を覆って、疲れたようなふりをしつつ、指の隙間からその様子をみる上司。まだ飲んでないのに顔は真っ赤である。
 僕は帰りたかった。とんでもない状況ではあったが、先輩に対して怒ることも難しい状況だった。とはいえ、この状況を見逃すのも悪い。一瞬にして板挟みになった。帰りたい。心の奥底が震えるのを感じた。
 これだから人間は嫌なんだ、と久しぶりに厭世観が復活した。だが、この状況で上手いこと立ち回れない僕も悪い。高校生から大学生の間にも、何度も人間の醜いところを経験した。経験したのだが、見ないふりをしていた。要するに逃げていたのである。そのせいで今になって解決策が全く思いつかないわけだ。しかも社会人になった以上は、逃げ続けるわけにはいかない。
 こうして、追い詰められた飲み会は進んでいきましたとさ、ちゃんちゃん。