うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

人生で初めて小説を発表するぞ!

                  「先生」
 私はお世話になった議員の先生の為に応援に駆けつけました。 
 先生は型にはまらない自由なお方です。父は閣僚、祖父は総理大臣、大叔父も総理大臣の名門出身で、教養もあり、当然頭の回転も早い。幼少期から政治をしてくださいと神にお願いされているかのようなお方です。そんな先生は、あえて、世間的には「馬鹿」とされる大学に入学された。世間の人々は自分のような秀才ではないことをご存じですから、社会勉強の一つだったのでしょう。アーチェリーもなさっていたようです。心技体と優れた才能をお持ちの先生はなんと、準レギュラーを勝ち取られるほどの実力だったそうです。まさに文武両道です。天は二物をお与えになったようです。卒業後は外交において真の英語が必要だとのお考えから、海外留学をなさいました。最初にご入学なされた大学では日本人が多く、真の英語が学べなかったので中退、別の大学に入学しました。あえて単位を一つも取らなかったそうです。私の稚拙な考えですが、先生は二兎を追う者は一兎も得ずという言葉を、極限まで生かして英語学んだからだと考えています。一年後、類まれなる才能と血筋を活かし、大企業に就職しました。深いお考えがあって、会社や寮から抜け出すこともあったようですが、社会人としての経験を積んだのです。

 その後は言うまでもないでしょう、政治家としての道を歩みはじめ、内閣総理大臣になります。ところが、先生には弱点がありました。最強の勇者アキレスでさえ弱点があったように、先生にもお腹が弱いという唯一の弱点があったのです。結局、腹痛が深刻化し、その責務を果たせなくなって辞任しました。それから6年後、カレーを食べられるほどまで回復なさった先生はもう一度総理大臣に返り咲きました。弱点のないアキレスは言うまでもなく最強の英雄です。弱点のない先生は言うまでもなく最強の政治家です。最強の先生は、衆議院議員選挙のために地元に帰られました。そこに私は応援に来たのでした。
 
応援と言いましても、会場の整理や、演説の際に使う機材を持ち運ぶくらいのことです。一通り準備が終わると、先生がやってきました。そのお姿は、独裁者ヒトラーを打ち滅ぼして凱旋したフランスの政治家シャルル・ド・ゴールを彷彿とさせました。私は聴衆に混ざって、この歴史的な瞬間を少しでも目と耳に焼き付けようとしていました。 
 「私は内閣総理大臣の○○です。この3年間世界は、リーマンショック並に景気が悪かった。ですが、我が国は、我々、○○党の努力の結果、失業率は低下し、国民の皆様の生活をよくしてまいりました。」
 まさにその通り!私は、英雄の一言の重みを噛みしめていました。

 「全くよくなってないぞ!」

 芸術的な先生の演説に雑音が入りました。オーケストラの繊細なソロ中に大声でくしゃみをするようなものです。私は激怒しました。あと一歩のところで私は殴りかかってしまうところでした。しかし、愚かな狂人は先生の秘書さんによって、外へ連れ出されましたので、なんとか思いとどまることができました。
 「私はこれからもにほっの国を良くする!そのためにけんほうかいへいもします!」
 先生は熱意のあまり噛んでしまいました。滑舌も幾分か悪くなっていました。オーケストラでは、全員が熱意を込めて、演奏するが故に、音程がズレることがあります。しかし、それはまた別の美しさを産むのです。先生の演説もまさに、それでした。多少のミスを熱意が勝り、私の心を貫きました。ところが、それを聞いたある下賤の民が笑いました。あいつを殴り飛ばさなければ気が済まなくなりました。この芸術を理解できないような愚か者は生きるに値しない!しかし、今回は警備の方が外へ連れ出しましたので、思いとどまりました。
 芸術的な演説は終わって、次は質疑応答の時間が始まりました。
 
とある記者が手を挙げます。
 「どうぞ。」
 先生はある種の高貴さを感じさせる態度で指名しました。

 「総理は海外留学で一つも単位をとれないほどの馬鹿ですが、政治はできるのでしょうか?」

 先生の顔が憤怒に燃えました。私も怒りました。先生は、政治を真剣に、深く考えるが故に、俗世間の単位といった数字の本当の価値を知っていたのです。現在、内閣総理大臣であることからも明白です。それは、碁で人間のプロと対戦した人工知能が、深く考えるが故に、凡人には悪手にしか見えない手を打ったけども、実は重要な手であったのと同じです。
 「その話と政治は関係ありません!馬鹿とは失礼な!それじゃあ、あなたは私よりうまく政治ができるんですか!」

「できます。」

記者は平然と答えていました。この態度にはもう我慢なりません!

「先生は頭がいいんだ!中退したからなんだというんだ!」

 私の口から咄嗟に言葉が出ました。その時の私は怒りで我を忘れていました。英雄アキレスにも並ぶ、最強の政治家たる先生がここまで愚弄されるとは許せません。この男はどのような愚かな考えを持って先生の名誉を貶めようとしたのでしょうか?そして、怒りが極まって、突然、私は、大声で笑いました。怒りが行き場を失い、行動がコントロールできなくなっていたのです。会場全体が私を見つめているのがわかりました。
 次の時、何が起こったと思いますか?
 私の怒りが通じ、会場中から私に同意する声が上がったのです!

「そうだ!先生は頭がいいんだぞ!」

 会場中が大きな渦となって先生を支持していました。皆さんは先生を応援しているという喜びを感じており、笑顔でした。私のように怒りで笑いが止まらなくなってしまった人もいます。そして、愚かな質問をした記者も心を打たれたのか、私に同意していました!もう会場に先生の敵は一人もいなくなっていたのです!先生は、この声を聴いて感極まったのか、顔を真っ赤にして今にも涙しそうでした。この状況は、イエス・キリストがラザロを復活させ、愚かなユダヤ人どもに、神の素晴らしさを伝えたあの状況に似ています。私は先生の宣教師として、最高の貢献を果たした満足に満たされていました。 
 突如、私は警備の人間に拘束され、会場から追い出されました。
 私だけではありません。先生を応援していた方々も一緒に追い出されたのです。何が起こったのかわかりません。
 続けて、私は先生の応援団を除名されました。先生ならわかってくださる、そう思って直接弁解する機会を得ようとしました。ところが、あの権力欲にまみれた秘書は私を先生に近づけさせません。自分の地位がそんなに大事か!そこで、私は決意しました。イエス・キリストが自らを犠牲にして神への忠誠を示したように、私もそうするのです。これで誤解は解けるでしょう。あとはお願いします。それでは偉大なる先生に栄光あれ!

 この遺書を残した青年は、焼身自殺によって命を落とした。かくいう私は「心を打たれた記者」である。ちょうど彼が死んだころ、私は職を失った。そんな私がわずかなコネを使って、世に発表したというわけだ。神よ、人類の罪をお許しください、アメーン。