朝、職場でダラダラ新聞を読んでいた時のことである。
「うひょーさん、印鑑のインクって朱と赤どっちですか?」
と後輩から尋ねられたのだが、全く僕は理解できず「シュと赤?」と聞き返したきり、口ごもってしまった。もう一度きき返そうか迷っていると、
「私はシュだよ」
反対側で聞いていたお姉様から助け舟が来た。
「シュと赤ってなんすか?」
と反射的に聞くと、
「は?あんたなんで知らんの!インクは朱と赤の二色あんの!」
といつも通り怒涛の勢いで解説された。後輩はその様子をクスクス笑って見ている。
「いやいやそんなの見ないですって」とニヤニヤしながら抗議すると、「あぁ、そこは女の子と男の子の違いかなぁ」と納得してもらえたようである。やり取りを聞いていた後輩は「ありがとうございます」とニヤニヤしながら言いつつ、席に戻っていった。
「そういや、最近インク入れても薄いんですけど、朱を入れてるからですかねぇ」
「スポンジがダメになってるんじゃない?私なんか押す側から入れてるもん」
「あっそうなんですね、僕のももうダメなんですかねぇ」
「まだ大丈夫やろ。私はそろそろ直さないといけないなぁ…。あっでも、あと私は数年で辞めるからいらないわ!」
「えっ!?辞めるんですか!?」
僕は思わず大声を上げ、お姉様の表情を凝視した。
「辞める予定かなっ。辞めたいよね、そろそろこの年やし」
と早口でこちらと目を合わせることなく話すお姉様。わずかに笑顔だが、気まずいことを話す時の表情である。
そこで話はなんとなく流れたのだが、私の頭の中は縄文土器の模様の如く、ぐちゃぐちゃになった
つまりどういうことだってばよ!?相手がいるってことなのか!?あの表情の意味は?やっぱり相手がいるってことなのか!?思わず言っちゃったという気まずさの顔だったのか?
あれ!?もしかして彼氏がいるかどうかを聞く絶好の機会だったんじゃ!?そう、あの時「お相手がいるんですか?」と畳み掛ければよかったのだ。いないなら最高だし、いるのであれば枕を涙で濡らして終わりである。どちらにせよこのどっちつかずの状態からは解放される。
マイナスに考えれば、純粋に彼氏がいるという事実が露わになる。しかし、プラスだった場合は十分脈も見える。何故なら、いきなり自分の恋愛事情を男の僕にいきなり漏らすわけがないから、それなりに気を許してくれている、と解釈できるからだ。
相手がいるんですか?という質問は安定行動なのである。マイナスを恐れたところで先延ばしにするだけだから、プラスにかけて行動に出るのが正しい。
あぁ、なんてことだ、やらかした。あぁどっちなんだ。結局、お姉様に相手はいるのか。そういや誕生日近いし、意識してるのだろうか。
あぁなんてことだ。僕にはまだまだ時間があるが、お姉様には時間がないのである。モタモタしてると他に行ってしまう。
どうすりゃいいんだ。どう近づけばいい!?教えてくれ、君たち!!
僕はストレイシープ。
終わり。