うひょーくんのブロマガ

つまりそういうこと

参議院選挙結果について 【祝、れいわ新撰組】

非常に素晴らしいことになった。

れいわ新撰組障碍者2人、ふなご氏、木村氏が当選したのである。

非常に素晴らしい。山本太郎の政策や人格は基本的に私と相容れないが、今回の2人の当選だけはよくやったと言ってやりたい。

ただ参加するだけで国会が変わるのは非常に素晴らしいことである。

ところが、ツイッターを眺めてみると、障碍者に議員が務まるのかなどという言葉が流れている。

非常に頭の悪い発言である。この日本国の文明的な水準の低さ、思考の欠如を物語っている。

例えば、ALSのふなご氏はただ筋肉が弱いだけである。脳みそまで弱っているわけではない。確かに見た目は脳みそまで弱ってそうな印象を受けるが、実際には体が全身動かないだけで脳みそは健在である。

しかし、愚かな日本人諸君は顔やALSという障碍をそのまま「馬鹿」に結び付けているのである。この短絡的な思考回路こそ、思考できない日本国の象徴だ。

実際に、同じALSの患者にあの天文学者スティーブン・ホーキングがいるわけで、彼はALSになってからもホーキング・パラドックスのような理論を提唱している。

そもそも、国会議員は脳みそが全てである。決して殴り合いをするコロシアムではないのだから、健常者である必要はないのだ。

人工呼吸器をつけているから、などという批判をしている連中は、政治が暴力によって行われていると勘違いした原始人に他ならない。

もちろん体力面で健常者よりも議論を続けられないということもあるだろうが、そもそも国会議員は基本的にヤジと居眠りの応酬で時間を潰すことが多く、そんなに長く議論する必要はない。

さらに言えば、国会議員にはそれぞれ得意分野があったりして、自分の強い分野だけ議論に参加する場合も少なくない。当然である。全ての議題に対して議論できるほど人間は万能ではない。つまり、あんまり得意じゃないときは休んでもらってもいいのだ。実際国会議員なんてみんなそんなもんだから。

まぁそんなわけで、私はこの国の歴史が新たな一歩を踏み出したことを祝いたいと思う。

 

ところで、今回の参議院選挙、N国だのれいわ新撰組だの、瑣末政党が当選して政党要件を満たしたわけだが、これによって自分の一票に力を感じてくれる無投票諸君がいることを期待する。

以上だ。

 

 

 

 

 

 

 

投票に行ってきたぞ!

どうも、僕です。久しぶりにブログを書いています。

今回の投票は非常に悩んだ。悩んだことをひたすら綴っていくので、読者はついてこれなくなっても許してほしい。こういった保険をかける行為は非常に嫌いなのだが、それぐらい錯綜しているのである。

まず私の主要政党への印象を書く。

自民党

・クソ。何よりもトップが一番クソ。
立憲民主党の枝野を呼ぶとき、必ず「民主党」の枝野と呼んで、笑いを誘うといった、小学生レベルの煽りを繰り広げる。「ブーメラン」というネットスラングを使ったり、批判されると、民主党時代よりはマシなどとまともに議論に取り合わない。以上のような幼稚な言動、性格である人間が一国の首相とは情けない。

・とはいえ、永年政権を取ってきただけあって、プロフェッショナルが多いため、他の人間が党首だったら一考の余地はある。

以上。

公明党

・学会員ではないのでNG

・山口なつおがすごいのは認める。

以上。


立憲民主党

・なんか人気らしい。でも空気だね。いつも煽られて可哀想だね。
蓮舫とか辻本とかいうの個人的に嫌い、あの人たちがいなかったらアリ。

以上。

 

【国民民主党

・当選したいだけならさっさと議員やめてね^^

以上。

 

社民党

・もはや存在がない。

以上。

 

共産党
・この名前を冠している割に、全く過激さがない。

・頭の良さ、知識においては、自民党と張り合えるレベル。そりゃ資本論読んでるような奴が馬鹿なわけないよね、という明確な根拠付き。

・最近の若手は資本論を読んだことのないポンコツが紛れているらしく、年々無能が増えてきている噂がある。

マルクス好きな私としてはかなりシンパシーを感じるが、野党共闘などというしょうもないことをして、候補者を絞っているところがクソダサい。安倍政権を止めるために野党を勝たせてくださいなどという言い方がダサい。日本共産党を勝たせてほしいと正々堂々と言えないならやめるべき。

以上。


こんな感じ。

いつもなら、仕方ねえから共産党いれとくか^^という感じだったのだが、今回は参議院議員選挙なので、諸政党がたくさんある。これが迷った。

比例代表という名前が僕を迷わせたのである。

どれだけ投票しようが、自民党が政権を取るのはまぁ確実。野党共闘などということをしている時点で、野党にいれても政権を奪取することもまぁない。あったとしても内輪もめで解体するのが目に見えている。

すると、私の一票なんてどうでもいい、という気になってくるのだが、それでも自分の票に効果があったと思いたい。

ならば、諸政党で何かやってくれそうな一人を国会に送る一票を投じたほうが、下手な野党にいれるより全然いいんじゃないか?と思ったのである。

そんなわけで、NHKから国民を守る党と、れいわ新撰組で迷ってしまったのである。

以下それぞれの評価

NHKから国民を守る党

NHKをぶっ壊したいだけの政党。

・政権をとることは当然私も望んでいない。

・党首:立花孝志のyoutube動画を見ると、NHK集金人に対して反社会的勢力を疑うレベルの態度で戦っており、こいつを議会に送り込んだら何かやってくれそうな期待が出来る。

以上。

【れいわ新撰組
・散々小沢一郎に利用され、生き絶え絶えの傀儡山本太郎が起こした政党。

・政策は無茶苦茶なものばかり。特に奨学金政令はあまりに頭が悪い。そもそも若者が金融機関から利子を奪われているなどと豪語しているが、銀行でローンを借りる金利と比べると破格の低金利だし、これを払えないようなgmは死ぬべきだと常々思っている。

・以上のように政策は散々であるため、政権をとることは望んでいない。

・しかし、比例代表の特別枠で障害者が二人選ばれており、ここに投票すると最初の二人は障害者が当選するらしい。個人的にこれが響いた。国会議事堂は階段を移動して議決権を行使しなければならない、とか、議員一人しか入れない、とか、言われてみれば健常者を前提とした制度だらけである。障碍者にまともな政策を求めているわけではないが、行くだけで多少の効果はあるだろう。

山本太郎は3人目らしいので、できれば2人だけ当選してほしい。

以上。

 

そんなわけでこの二つで悩んだ。投票所にいって、比例の政党書くところでも悩んだ。
ちなみに個人の枠は、当然N国にいれた。まぁゴミのような意味のない一票になることは確実である。

で、比例なんだが、結局れいわ新撰組にいれた。障碍者が国会に行くというのが何よりも面白かったので、そっちにした。一応僕インテリなんで、インテリっぽく人権派目指したいと思ってですね。というのもあるが、山本太郎が自分を3人目にするという男気にあてられてしまった。

いや~俺ってやたらいろんな本読んで大量に知識つけても、結局男気だのにふらっといっちゃうんですよね~。

うちの爺さんもそういうとこあってね、最近も若い僕と同じ銀行の銀行員が保険の営業に来たんだけど、入っちゃんだよね。孫とかぶったらしい。

まぁそういう血筋なのか、山本太郎チンパンジーで学歴コンプで無能でただイキってるだけの前科者なのは知ってるんだけど、ほらやっぱ障碍者が二人議会いくっていうとちょっと応援しちゃうじゃんねぇw

 

終わり。

 

 

 

 

 

 

手帳

お題「手帳」 

 私の手帳にはいろんなことが書いてあるの。予定はあまり書いてないんだ。じゃあ、何が書いてあるかって?今日あったことを書いているの。日記でいいと思うじゃない?でも、日記じゃダメ。日記にすると全部思ったことも書くじゃない?でも無理なの。今日、友達と何があったとか、好きな人と何したとか、全部に感想を書いてたら、夜も眠れないわ。だから、出来事だけとりあえず並べておくの。わかった?

 何?手帳の中身を見せてほしい?うーん・・・。女の子の手帳の中身を見たいだなんて、あなた失礼じゃない?そうよ!おかしいじゃない!これは秘密なのよ。見せられないの・・・・。

 え、ちょっとだけ見せてほしい?全部とは言わない?知らないわそんなの。ダメなものはダメなの。出来事並べてるだけでも、これは私だけの秘密。あなたにだってそういう秘密はあるでしょ?ないなんて言わせないわよ。私にその秘密を打ち明けられるっていうなら、手帳の中身を見せてあげてもいいわ。え?何?秘密を教えるって嘘でしょ?耳を貸せって・・・。

 えぇぇぇっっ!?あなたメアリーのことが好きなの!???あ、ごめんなさい・・・。思わず大声で言っちゃったわ。でも周りには誰もいないから、許してちょうだい。そうよね、メアリーはいい子よね。私の親友だもの。手帳にもよく遊んだことを書いたりするもの。

 せっかく秘密を打ち明けてくれて申し訳ないんだけど、やっぱり見せられないわ。だってメアリーのことが好きなんでしょ?手帳にはメアリーのことも書いてあるから無理ね。そうでしょ?そういうことはメアリーに直接聞きなさいよ。あなた男でしょ?直接ね、ほら!間くらい取り持ってあげるから!!

 メアリーと私の出会いを知りたいって?そんなこと聞いてどうするのよ。参考にするのね、まぁそれくらいなら仕方ないか・・・。

 私とメアリーが出会ったのは小学3年の時ね、クラスが一緒だったの。私とメアリーは席が近かったから、勝手に仲良くなったわ。もちろんそんなことは他の子でもよくあることだけど、あの子とは波長が合っちゃったのね。服の趣味も、性格も似てるもの。一緒にいて落ち着くの。だから、気が付いてたら仲良くなってたわ。ごめんね、大した話じゃなくて。

 大した話じゃなかったらやっぱり手帳を見せてほしいなんて、無茶言わないで。ダメなものはダメなのよ。どうしてそんなに見たいのよ。私の手帳に興味持つ暇があったら、メアリーと話してきなさいよ。だってそうでしょ?時間の無駄よ。

 くだらないことに拘ってるわけじゃないの。大事なものなのよ。読むだけでいろんな気持ちがわかっちゃうもの。誰しも大事にしたい自分だけの気持ちってあるでしょ?手帳にはそれが詰まっているのよ。宝物なの。だから、本当に心を許した人しか見せられないわ。あら、そんな残念そうな顔したって無駄よ。見せられないものは見せられないの。じゃあね、また明日会いましょう。今度はメアリーもつれてきてあげるわ。

 ・・・えっ!?今なんていったの!?本当は私のことが好き!?さっきまで散々メアリーの話してたじゃない、嘘はついちゃだめよ。そうよ、それはいけないわ。

 手帳の中身を知りたかったのは、私がどう思ってるか知りたかったなんて、今更言ってもダメよ。そんな嘘までついて手帳の中身みたいの?びっくりだわ。からかうなんてひどいわ。メアリーより私のことが好きだなんて、おかしな話じゃない。あの子の方が私なんかより明るくて可愛いじゃない。嘘はいけないわ。

 ・・・!?そんなに何回も私のこと好きって言わないで、嘘でも照れちゃうわ・・・。

 ・・・本当なの?今日告白しようとしたけど、恥ずかしくて最初メアリーのこと好きだって言ったって本当なの?・・・その顔は本当のようね・・・。顔真っ赤じゃない。私も熱いわ。ほっぺたが溶けちゃいそう。本当は私もあなたのことが好きなの。手帳にはあなたのことが書いてあるの。書きすぎて恥ずかしくて見せられなかったの。さっきメアリーのことが好きっていった時は、すぐにでも帰りたかったわ。帰って手帳に悲しい気持ちを綴る予定だったの。

 でも、今日は帰ったらもっといいことが書けるわ。あなたが私のことを好きで、私もあなたが好きだってわかったって。その・・・、なんていうのかしら・・・。これからもよろしくお願いします。

 今度は一緒に手帳書きましょうね。

  

 終わり。

 

 

 

 

 

久しぶりのブログ

どうも僕です。

今、僕は一生懸命働いています。何故こんなに働いているのかというと、お姉さんに愛されたい、それだけです。働きぶりがバレていて、仕事にやる気がないようでは振り向くことはないわけで、一生懸命やることで愛されたいのです。

昔バイトの最後の飲み会で、おばちゃんに一生懸命働く姿がモテるからまずは頑張るといいよ!などと言われたのを思い出す今日この頃である。

何はともあれ、後輩ちゃんの発案で飲み会が開かれ、お姉さんも誘いましょうというその計画。急すぎた。予定が入っていたのである。

はぁ・・・辛いねぇ・・・。

これで大嫌いなボスと飲むクソほどメリットのない飲み会になってしまった。

さりげなくお姉さんと行きたいなっていうアピすら、出来ていない。ワロタ。まぁ、予定あるって言われた時の僕の表情が露骨に悲しそうだったから察してくれたかもしれぬ。

近づけないよねぇ、近づきたいなぁ。どうすりゃいいんだ。今のところお姉さんも気を遣って職場以外では話さないようにしている節があるし、避けられてるまである。でも外で話すと割と話があうから、嫌われてるわけでもないのだ。たぶんな。というか嫌いならあの人は僕と似た者同士だから、顔にでる、態度に出る。何はともあれ、ボスとの生産性のない飲み会が始まる。

あぁ生産性をおくれよ、あなた。遺影が見える。真っ白な顔の遺影が見える。ここはシベリアだろうか、スターリングラードだろうか、真っ白な雪、車が、飛行機が固まって動かなくなる生産性のない大地。全ての人間を拒むあの大地の中で取り残された僕。灰色の靄が空を覆い、見渡す限り白とグレーに包まれた世界。遠くに白熊が歩いたいるのが見える。全身に纏った雪の中、動き続けている。あっ、魚を食べている。真っ赤な血が彼の口の周りに纏わり付いている。あぁ僕は魚だ。生産性のない白銀の大地で、ただ食い尽くされ、血を流し、そしてその血はすぐに凍りつき、静止する。気づかぬうちに雪に埋もれ、その赤は白に染められてしまう。

太陽はあるのだろうか。そこに太陽はあるのだろうか?考えれば考えるほどわからない。太陽は常に私から身を隠す。あぁ嫌われてしまったようだ。私に翼が生えたなら、急いでそこに向かうだろう。そしてすぐに翼を燃やしてしまって、不毛の地へと落下する。

蒼白な顔面を隠れてしまった太陽に向けた僕は、大地を背に遺影を晒す。数時間すれば、遺影は雪に埋もれて消えてしまうだろう。果たして生きるとは、そういうことなのかもしれぬ。

 

終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストレイシープ

  朝、職場でダラダラ新聞を読んでいた時のことである。

  「うひょーさん、印鑑のインクって朱と赤どっちですか?」

  と後輩から尋ねられたのだが、全く僕は理解できず「シュと赤?」と聞き返したきり、口ごもってしまった。もう一度きき返そうか迷っていると、

 「私はシュだよ」

   反対側で聞いていたお姉様から助け舟が来た。

 「シュと赤ってなんすか?」

  と反射的に聞くと、

「は?あんたなんで知らんの!インクは朱と赤の二色あんの!」

  といつも通り怒涛の勢いで解説された。後輩はその様子をクスクス笑って見ている。

  「いやいやそんなの見ないですって」とニヤニヤしながら抗議すると、「あぁ、そこは女の子と男の子の違いかなぁ」と納得してもらえたようである。やり取りを聞いていた後輩は「ありがとうございます」とニヤニヤしながら言いつつ、席に戻っていった。

「そういや、最近インク入れても薄いんですけど、朱を入れてるからですかねぇ」

 「スポンジがダメになってるんじゃない?私なんか押す側から入れてるもん」

  「あっそうなんですね、僕のももうダメなんですかねぇ」

   「まだ大丈夫やろ。私はそろそろ直さないといけないなぁ…。あっでも、あと私は数年で辞めるからいらないわ!」

   「えっ!?辞めるんですか!?」

   僕は思わず大声を上げ、お姉様の表情を凝視した。

   「辞める予定かなっ。辞めたいよね、そろそろこの年やし」

    と早口でこちらと目を合わせることなく話すお姉様。わずかに笑顔だが、気まずいことを話す時の表情である。

    そこで話はなんとなく流れたのだが、私の頭の中は縄文土器の模様の如く、ぐちゃぐちゃになった

   つまりどういうことだってばよ!?相手がいるってことなのか!?あの表情の意味は?やっぱり相手がいるってことなのか!?思わず言っちゃったという気まずさの顔だったのか?

   あれ!?もしかして彼氏がいるかどうかを聞く絶好の機会だったんじゃ!?そう、あの時「お相手がいるんですか?」と畳み掛ければよかったのだ。いないなら最高だし、いるのであれば枕を涙で濡らして終わりである。どちらにせよこのどっちつかずの状態からは解放される。

    マイナスに考えれば、純粋に彼氏がいるという事実が露わになる。しかし、プラスだった場合は十分脈も見える。何故なら、いきなり自分の恋愛事情を男の僕にいきなり漏らすわけがないから、それなりに気を許してくれている、と解釈できるからだ。

    相手がいるんですか?という質問は安定行動なのである。マイナスを恐れたところで先延ばしにするだけだから、プラスにかけて行動に出るのが正しい。

   あぁ、なんてことだ、やらかした。あぁどっちなんだ。結局、お姉様に相手はいるのか。そういや誕生日近いし、意識してるのだろうか。

   あぁなんてことだ。僕にはまだまだ時間があるが、お姉様には時間がないのである。モタモタしてると他に行ってしまう。

   どうすりゃいいんだ。どう近づけばいい!?教えてくれ、君たち!! 

   僕はストレイシープ

終わり。

 

読書感想文 岡本太郎「今日の芸術」

どうもこんばんは、僕です。

僕も芸術を知りたくなったのでこの本を読みました^^

 

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岡本太郎と言えば、「芸術は爆発だ!」「何だコレは!?!?」などといったキチガイ名言が有名な男です。そんな奴の書いた評論なんてあてになるのか?と思いつつ読み始めましたが、意外とちゃんと考えている。調べてみると彼は一応東京芸大に入っているから、教養があるようだ。要約していくぞ!

 

第一章 なぜ芸術があるのか 

というくっそ深いタイトルから始まるこの本。完全に三島由紀夫と一緒。いろんな娯楽があふれている中で、心の中は虚しい。その虚しさを埋めるのが芸術。創作だというのです!現実世界に対してたくましく自分の力で作り上げるのが芸術だ!そうだ。

 

第二章 わからないということ

わからないんですね。芸術って。自由に絵を描いてみてくれ。子どもが絵を描いているのを見てくれ。太陽は赤く、丸の周りに線がハリセンボンみたいに引かれている。みんな同じものを書いている。皆、太陽を描けと言われると同じものを書いてしまう。これをこのおじさんは「八の字」文化と呼んでいる。八の字が富士山を表しているとみんな思うからだそうだが、正直我々現代人にはなじみが薄くよくわからない。太陽の話はわかった。

で、現代はその八の字に対抗すべく、抽象芸術とシュールレアリズムがあるといいます。論理を超えた何かを表現しようとした結果だそうだ。

 

第三章 新しいということは、何か

詳しい歴史の話が続く。大昔は教会中心だったから宗教画があって、絶対王政の時代では王様の絵が流行って、革命が起きてからはゴッホみたいな誰でもない絵が流行る。常に芸術は新しいのである。

日本人は日本らしいという言葉に騙されて、現代芸術の新しさを完全にシャットアウトしているがそれは糞野郎だというのが太郎の言いたいことである。

 

第四章 芸術の価値転換

芸術はここちよくあってはならない、芸術はいやったらしい、芸術はきれいであってはならない、芸術はうまくあってはならない。

現実に真っ向から対立して描いた絵は、心地よいものというより不快感が生まれるらしい。ピカソの絵は綺麗じゃないけどいやったらしい。ゴッホの絵は当時狂気じみていると言われていた。そう、芸術こそはいやったらしいのである。

そして芸術はきれいだったりうまくあってはならない。綺麗に絵を描くことは、長年の修行がいる。綺麗に人を描くことは技能である。が、へたくそでも心に響く絵は芸術なのである。岡本太郎に言わせれば、うまいのはただの技能であって、心に響くのが芸術なのだ。

 

第五章 絵は全ての人の作るもの

封建時代は綺麗に王様や殿様の絵を描くことが大事だったし、そもそも見せるものではなかった。だってピカソみたいに王様描いたら処刑ものでしょう?だから、雇ってくれる少数の人が満足のいく絵を描くことが非常に重要だった。しかし、革命が起きた後は商人の時代がやってくる。すると、買い手が一気に増える。しかも王様みたいにずっと雇ってくれるような人は消えてしまった。結果として画家は自由にいろんな芸術を作ることを強いられる。

セザンヌゴッホゴーギャン・アンリルソー・ピカソみんなへたくそ素人画家。だけど認められている。これが新時代の幕開け、全ての人が作るものに変わったのである。

ところが、今の芸術教育は八の字に固まっていて自由がない。これじゃあ芸術どころではない。から自由にしましょう、って話。

 

第六章 われわれの土台はどうか

最後は日本文化の話。お茶や歌舞伎、能だのは歴史を通じて受け継がれてきたものをひたすら繰り返し、逸脱すれば邪道であり、一生その仕事をやらせてもらえない。でもフランスの芸術は常に新しいものへ進んできて、常に現代を映してきた。この差がうんこだという。しかも、こういった芸能は一般庶民がやろうとすると非常に垣根が高い。実際、あの人たちは別の世界の人間だ!と思っている人間が多いだろう。これを岡本太郎は閉鎖的で、日本の発展を妨げていると批判する。

こうした背景を元に日本的モラルが形成されている。謙譲の美徳があって、自分がやると公言すると頭おかしいと言われる。たった一人でやろうとするといろんなところから足を引っ張られる。外国人が褒めてくれれば一流だと思う等々。

くそったれだ!でも芸術の分野で少しずつ抵抗していこう!ということでこの本は終わる。

 

感想

この本を読んで、僕はとりあえず絵を描いたが、ピカソのような絵になってしまった。僕にとっての八の字はピカソだったのである。それを更に乗り越えて自由に描こうとするともう何が何やらさっぱりになってしまい、得体のしれないものになった。自由に描くってこんなに難しいものだと感じました。

また、ピカソとかの現代アートの意味が少しわかった。僕はゲルニカの偽物を見たことがあるが、確かにいやったらしかった。どっからどう見てもへたくそなのであるが、なんだか気持ち悪いのだ。なるほど、芸術は「いやったらしい」。僕が小説を読むとき、面白かったと思う作品もやっぱり「いやったらしい」。大江健三郎万延元年のフットボールなんかは本当にいやったらしい。日本人が読むと吐き気がする作品だ。「いやったらしい」言葉のセンスが素晴らしい。文豪でも目指してはいかかだろうか、と勝手に思う。

歴史について述べているところは、ただただ勉強になった。ここでもやっぱりフーコーが頭を過る。言葉と物が結びついていた時代から、人間の時代に変わったというものだ。綺麗な絵が売れていた時代の絵を見ると、全てに意味がある。宗教画で言うと、ユダが金貨をもっていたり、貴族なら紋章がついている。ところが、ピカソには意味がない。ただいやったらしい。人間中心主義になることで、概念と人間の空隙の不明瞭なところが芸術の対象となっているのだろう。岡本太郎が言う芸術は現代を映す鏡という発想も非常に人間主義的である。現代を映す絵を描いた直後にすぐ新しい人間が生まれ、そこに対する芸術が生まれる。こうして芸術は完全に人間を表すものではないが、一方で表すものとして顕現する。命とか労働とか言語と同じ流れだ。

そして、芸術は伝統によって邪道だとか言われているのを聞いて、僕は小説に対して邪道という概念を用いていることに今更気づかされた。僕は芥川賞の作者について何も感じられない小説は大嫌いである。だが、これが現代なのかもしれない。そういう小説の形もあるのかもしれない。と一回振り返ってみたいとは思った。コンビニ人間をあえて再評価するというふざけた読書感想文を書き始めたら、ぜひ読んでほしい。

最後に日本人論についてだが、こういう人間が書いているのは非常に貴重である。現代の新書の日本人論は売ろうとして適当なことを言っているから当てにならないものが多い。だから、日本人論の書かれた本は新渡戸稲造しか読んだことがない。あれはかなり政治的な要素が強かったが、こっちは芸術的な意味が強い。歌舞伎やお茶といった伝統芸能から出発して、日本の閉鎖性を指摘しているのは非常に面白い。

読書でもこれは当てはまる。今の時代の読書は「頭がいい人」の専売特許と思われている。だが、ふたを開けてみればそうでもない。夏目漱石はただの恋愛小説だし、三島由紀夫はひたすら今を生きろ!!と叫び続けるだけ。

結構本を読んだと思っている僕は、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」はそんなに面白くないと思うし、三島由紀夫の「鏡子の家」はつまらないと思う。そこに何か学識だの芸術だのを振りかざす気は全くない。ただ、楽しいかつまらないかなのだ。結局のところ、読書をしている人間なんてそれぐらいしか考えていない。全く頭を使っていない、ただの二項対立。猿でも出来る。だが、勝手に人は考える。読書は「頭のいい人」、「教養人」の娯楽だと。これはさっきの歌舞伎やらお茶と全く同じだ。非常に封建的で限られた人のものだという意識が勝手に作られてしまっている。なんと悲しいことか。全部芥川賞のせいなのは明白である。くそったれ、ぶっこわれてしまえ。

 

何はともあれ、僕は芸術に目覚めたので液タブを買って、芸術を作りまくろうと思う。以上だ。

 

 

日本では出る杭は打たれるとかいう風潮

どうも僕です。最近ブログ大好きです。

さて最近ツイッターでよく見る言葉があります。

日本では出る杭は打たれるという話です。人と違うことを言うと徹底的に潰されるとかいう話。

しかし、私はその発想自体がルサンチマンに溢れていると思う。偉そうに文句は言うが、自分自身が出る杭になったことがない人間が多い。

スティーブ・ジョブズを指してアメリカは自由だと言い張る奴がいる。だが、そもそも彼の場合出る杭だが、叩いたところで引っ込まないほど優秀だったのである。

一方、世の中のネットジャップはどうか?叩かれた程度で勝手に引っ込む意志の薄弱さ、そもそも文句言ってる奴に限って能力はない。結局のところ、型通りの人生を他人のせいにしているだけである。

何故こんなことを思ったのかというと、銀行の偉いやつは大体が出る杭そのものと言ってもいいほどの変人だらけだからだ。しかし、それ以上に優秀なのである。文句を言おうものなら、逆に負けてしまうほど優秀なのである。

私の知る一番の変人は、自分に文句言った上司にキレて無断欠勤したことがあるそうだ。しかし、優秀すぎて許された。名刺も自作の、自称芸術的なものを使っているが、優秀なので誰も文句を言わない。

なにかとネットのゆとりジャップは偉そうに日本は人を育てる気がないなどと言うが、その事実に対抗する気は全くないのである。なんと情けないことか!!!

逆に言うとそれが日本らしさである。あの岡本太郎ですら、リアルで対抗するのは厳しいからまずは絵で対抗するなどと言っているくらいだから、こうした上に文句を垂れるが、戦いをしないスタンスが染みついていることが理解できるだろう。

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とはいえ、私もそう言った雑魚の一人であるから、これからもブログと絵で小さな反抗をしていこうと思う。

以上だ。